東海道47番目の宿場町。東追分(木崎)から西追分(新所)まで、約1.8kmの範囲が関宿です。古代から交通 の要衝で、日本三関の一つ「鈴鹿の関」(他は美濃・「不破の関」、越前「愛発の関」)が置かれ、江戸時代には参勤交代や伊勢参りの人々などで賑わいました。上の絵は、早朝大名行列が宿場の本陣から出発する準備をしている様子を描いています。現在、旧東海道の宿場町のほとんどが旧態をとどめない中にあって、江戸時代から明治時代にかけて建てられた古い町家200軒あまりが残っており、往時の姿を色濃く残しています。