ヤマトタケルノミコトが東征の帰路、伊勢国能褒野で亡くなられたという記紀の記述に基づき、90m後円部の径54m、同高さ9mと三重北部最大の前方後円墳が、明治12年に内務省により「日本武尊御墓」と定められ、現在も宮内庁により管理されています。周辺には能褒野神社や、歴史・自然の特性を活かしたのぼのの森公園があります。緑深い古墳を包む静かな雰囲気に、古代のロマンを感じることのできる空間です。